北海道 岩見沢市
炭鉱景気の余熱を包んだ、金色の小さな「ろまん」 (1/2)
金作屋
聞き手 丹羽亮一朗
写真 梅原渉
石狩平野の東縁に位置する、北海道岩見沢市。
道内有数の米どころとして知られるこの土地では、遮るもののない空の下、水田が広がる風景をそこここで見かける。
その風景の中をしばらく車で走ると、市街地が姿を現す。
JR岩見沢駅の大きな駅舎。
その前に広がる商店街。
かつて岩見沢は、石炭輸送の拠点として栄えた町だった。
昭和30年代の後半には、駅周辺に飲食店やデパートが軒を連ね、1日の乗降者数は2万人を超えていたという。
夜になっても人の流れは途切れず、店の灯りが町の賑わいを支えていた。
いま通りを歩くと、その時間は少し遠い。
けれど、昭和の香りを残す看板や、年季を帯びた店構えの奥行きに、かつての町の熱がかすかに残っている。
岩見沢駅から歩いて15分ほど。
飲食店が立ち並ぶ4条通りの裏手。利根別川が流れる住宅街の一角に、一軒の菓子店がある。
飾り気のない建物に、味のある切り文字。金作屋の入り口は、どこか実直な佇まいをしている。
『金作屋』
引き戸に貼られた「銘菓の金作屋」の切り文字が、この店の長い時間を伝えている。
戸を開けると、そこは6畳ほどの小さな売り場になっている。
「こぶし」
「ばらまつり」
「瑞穂かすてら」
ショーケースには、土地の記憶をまとったような名前の菓子が並ぶ。
どれもきっと、何十年とこの町で食べられてきたものなのだろう。長く残った菓子だけが持つ、落ち着いた佇まいがある。
岩見沢銘菓として知られる「こぶし」が、ショーケースの一等地を占めている。
ショーケースの上段に並ぶ「ろまん」という名の菓子。金色の包みが静かに目を引く。
そのそばで、ひとつの菓子が目に留まった。
金色のパッケージに、愛嬌のある書体で書かれた「ろまん」の文字。
開拓の町に生まれた菓子だからだろうか。
それとも、つくった人の洒落っ気だろうか。小さな菓子には少し大きい、けれど妙に似合う名前だ。
思わず手が伸びた。
手のひらにちょうどおさまる大きさの「ろまん」。
包みを剥がすと、スライスアーモンドをちょこんと乗せた、焼き色のいい饅頭が現れた。
一口かじる。
しっとりとしている。
けれど、もっちりとした弾力もある。
機械ではなく、人の手でつくられたことが伝わってくる歯触りだ。
白餡はしっかり甘く、バターがよく効いている。
そして、刻んだ栗。
これがいい。
素朴な焼き饅頭かと思えば、口の中には、どこか懐かしく、それでいて新しい洋風の香りが広がる。
素朴なのに、どこか洒落ている。
「ろまん」という名前に、よく似合う菓子だと思った。
売り場の奥にある工場。ここで「ろまん」をはじめとする金作屋の菓子は作られている。
「じゃあ、ろまんだ」
この菓子が生まれたのは、1973年、昭和48年のことだった。
きっかけは、全国菓子大博覧会。
通称「菓子博」である。
数年に一度行われるこの催しが、今に残る『金作屋』のユニークな菓子を生み出す原動力になった。
菓子博で賞を取れば、話題性が高まる。
経営者としての目算が、当時の店主である宮川金雄さんにはあったのだろう。
新商品の開発にあたり、金雄さんは職人の杉本弘さんと、よその店の菓子を食べ歩いた。
そこで出会ったのが、当時、室蘭の菓子店でつくられていた「たまらん」という焼き饅頭だった。
黄身餡が入った焼き饅頭を口にした二人は、「これはうまい」と膝を打った。
お手本とすべき菓子は決まった。あとは、金作屋らしさをどう出すかである。
そこで思いついたのが、杉本さんの故郷でもある栗沢町の特産、栗だった。
「うちらは餡に栗を入れて、バターを入れて柔らかくしてやってみるべ」
バターを加えれば、餡を練る時間を短縮でき、日持ちもよくなる。
味の工夫であり、仕事の工夫でもあった。
「ろまん」の製造は生地づくりから。職人の鈴木勇一さんが、練った生地を手でまとめていく。
最初に試作したとき、生地は固かった。
そこで、カステラのようにミキサーで生地を立てて練ってみる。すると生地はやわらかくなり、歯触りが格段によくなった。
餡は、材料を加える順番にこだわった。
練り上げた白餡に、黄身、栗、バターを順に加える。
バターを最後にすることで、風味が残るようにした。
餡と生地の比率は4対6。
やや餡が少なめのほうが、全体のバランスがいい。
上に乗せたスライスアーモンドは、栗の葉をイメージしたものだ。
最後に残ったのが、名前だった。
栗の菓子だから「マロン」か。
「それでは面白くない」
金雄さんはそう言った。
「じゃあ、ろまんだ」
親方の一言で、名前は決まった。
小さな菓子には、少し大きな名前。
その取り合わせが、なんともいい。
こうして「ろまん」は誕生した。
菓子博では見事に賞を取り、「栗が入った餡の口触りがいい」と口コミで評判が広まっていった。
やがて道内には、「ろまん」を模したと思われる菓子も現れるようになったという。
年季の入ったはかりで、材料の重さを確かめる。数字ではなく、釣り合いで量る道具だ。
分銅の天秤で量る
売り場の奥にある工場で、製造が始まるのは朝の7時半。
3人の職人が、それぞれの持ち場で菓子と向き合っている。2人が「こぶし」の製造に専念する中、それ以外の菓子を一手に担うのが鈴木勇一さんだ。
『金作屋』の製造に携わって約30年。
店主の宮川真実さんは、「鈴木さんがいないと店が回らない」と全幅の信頼を寄せている。
「ろまん」の製造は、生地づくりから始まる。
卵、砂糖、小麦粉を、湯煎にかけながら手で練り上げるように混ぜていく。
粉っぽさを残さないための、手間のかかる工程だ。
生地ができあがると、打粉をふるい、1個分ずつ手で千切っていく。
重さを確かめるのに使うのは、デジタルスケールではない。
分銅を使った天秤だ。
鈴木さんが『金作屋』に入った頃からあったというその天秤は、かなりの年代物に見える。
「デジタルのはかりだとかえって時間がかかるんです」
鈴木さんはそう言う。
数字で示される重さより、針の揺れでわかる重さがある。
長年の経験が染み込んだ手には、機械よりも、この古い道具のほうがよく応えるのだろう。
特製の餡を、生地で包み込んでいく。長年の作業で培われた、迷いのない手つきが美しい。
千切った生地を平たくしたら、次はへらで餡を包んでいく。
餡は、白餡に刻んだ栗とバターを練り込んだ、金作屋の特製だ。
鈴木さんのへらが、正確に動く。
「生地が柔らかいので、機械でやったらかたちが崩れてしまうかもしれないですね」
そう話しながらも、その手は止まらない。
生地をのばす。
餡を置く。
包む。
形を整える。
ひとつずつ、同じようでいて、少しずつ違う。
その繊細な手仕事が、「ろまん」のやわらかな佇まいを生み出している。
餡を包んだ生地を鉄板に並べたあと、表面に霧吹きで水をかける。
焼き色を一定にするためだ。
最後にスライスアーモンドを乗せ、オーブンへ入れる。
焼き時間は、その日の温度や湿度を見ながら感覚で決める。
焼きむらが出ないよう、鈴木さんはこまめに位置を入れ替える。
やがて工場に、甘い香りが漂いはじめた。
焼き上がった「ろまん」は、表も裏も見事な焼き色をしている。
粗熱が取れたら包装し、冷蔵庫へ。
ひと晩冷やすことで、あのしっとりとした食感が生まれるのだという。