【第 4 回】

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東京都 江東区 マロングラッセ モカドール洋菓子店

東京の下町で孤高の職人が目指す、誰も見たことのない菓子屋。 (2/2)

聞き手 小林みちたか

写真 梅原渉

芸術作品が詰まったお店は、名曲「クリスマス・イブ」から生まれた映画『MIRACLE デビクロくんの恋と魔法』のロケ地にもなった。

日本洋菓子界のレジェンド・ゴッツェ

ウォルフガング・ポール(パウル)・ゴッツェ。ドイツのベルリンで生まれ、スイス各地の菓子店やホテルで修行したのち、1974年に洋菓子の技術指導で来日。日本の洋菓子業界の技術向上に果たした功績は計り知れないと言われるレジェンドだ。

その人と三好さんは、修行先が年1回開催していたOB の集まりで出会う。

「社長との縁でゴッツェも来ていて、熱海の宿で部屋が一緒になって。そこで馬が合ったんだろう。お互いの店を行き来したり、モカドールで講習会やったりして」と深い交流が始まった。

ドイツ人のゴッツェさんにとって、お菓子作りに強いインパクトを受けたスイスは第2の故郷といえる存在だったという。

店名の『モカドール洋菓子店』はもちろんパリのフランス菓子店から取っている。ただ三好さんは、ゴッツェさんに出会ってから、ドイツ・スイス菓子に傾倒していった。いまでは土日にドイツパンを販売するほど。

フランスもドイツも隣り合う国なので、それほど明確な違いはないが「ドイツ菓子はスパイスを使ったり、木の実を使った菓子が多い」という。

ただドイツ・スイス菓子に傾倒したのは、お菓子の魅力だけではない。

「あまりないってところから、差別化としてやり始めた」

その基本が掃除、整理整頓だという。それができない人はいいお菓子は作れないのでは?

だから、『モカドール洋菓子店』は入口の自動ドアのサッシ・シャッターまでピカピカに磨かれている。
厨房も同様。ミキサーには「使い終わったら まず掃除」と書かれた紙が貼られている。

「私もゴッツェからいろいろ吸収したけど、あの男の何が凄かったかって、もう徹底的に真面目。
お菓子に対してはもちろん、私生活まで本当に人間として真面目だった」

そんなゴッツェさんの今わの時。もう危ないと連絡を受けた三好さんは病院に駆けつけた。
酸素マスク越しに口をパクパクと動かすゴッツェさん。聞き取れなかった言葉を奥さんが教えてくれた。

「ミヨシさんね、ゴッツェがね、ドイツ・スイス菓子を守ってねって言ってるよ」

その約束を三好さんはずっと守り続けている。
いまもドイツ・スイス菓子を求めて、たくさんのお客さんが遠方からわざわざやってくるという。

三好さん作のお菓子の研究で訪れたヨーロッパの街並み。お店の定休日も「やることがいっぱい」。

60の手習い。デザインを学ぶ

母が亡くなり、止める人がいなくなった三好さんは、さらにお菓子作りにのめり込んでいった。

20年ほど前には、2000万円以上もかけて店舗を大規模リフォーム。工事の間にドイツへ視察に出かけると、現地のあまりのレベルの高さに、工事中のお店を作り直したくなってしまう。

そしてたまらず国際電話。設計を急遽変更させてしまった。それはお金もかかるはずだ。

その時に作ったのが、お店の側面にピッタリハマっている立派な飾り棚。
「すごくいいウレタンを使っている」という。

その飾り棚には、優に50種類はある焼き菓子がぴっちりと並んでいる。

「小さい店だとそれなりの商品構成になっちゃう。でも、今の消費者は目も舌も肥えているから、たくさんの品物の中からチョイスする。だから、小さな店だって、商品は多くなければダメ」

立派な飾り棚には、お菓子ではなく、世界各国の骨董品や雑貨が飾られている。

ローテーションを組み、生産工程をきっちりと管理しているから、これほどの商品構成を可能にしているのだろう。ただ賞味期限が先の商品を後ろから取られたりするとその計算が崩れてしまうという。

だから飾り棚にはポップに混じって「丁寧に仕上げて 綺麗に 陳列しています」の文字。

「きっちりと商品が並んでいれば変なとこから取らない…と。これはお客さんが悪いんじゃなくて、店の陳列方法がよくないだけ。ドイツ・スイスのお菓子屋さんは陳列も含めて、お店が本当に綺麗」と。

「でも、やはりお店が偉そうにしてはダメ。一度賞を獲ったくらいで通用するほど甘い世界ではない」

それが三好さんの持論。だから、ずっとがむしゃらに勉強し続けている。
店内に並ぶ、書や絵画の数々もお菓子作りのために身につけていったもの。

「書」の先生の元で勉強を始めたのは、50歳の頃。
きっかけは贈り物としてお菓子を買ってくれたお客さんに怒られたことだった。

「表書きの字が汚くて持っていけないって言われて。元々下手ってわけでもないし、言われるほどかなとも思うけれど、厳しいお客さんもいるから。そしたら習うしかない」

以来、20年以上、書を学び続けている。その腕前は書道展に出すほど。
60歳からはデザインの勉強として、絵画教室に通っている。

「これは怒られてじゃないよ(笑)。やっぱりケーキ屋はアートだと実感。だったらもっと極めたい。人に言われるんではなくて、自発的って言うのが1番モノになる。満足したら、そこでもう進歩止まっちゃう。年齢は関係ない」

ケーキにはデザインも必要だし、書も必要。
そんな『モカドール洋菓子店』の個性がもっとも際立つのがクリスマスシーズンだという。

絵本から飛び出してきたような「クリスマスハウス」を80台近くも作り、そのすべてをお店に並べる。
サンタも天使も動物たちももちろん手作り。絵を習い始めてからぐっとクオリティが上がってきたという。

ギャラリーのような店内がさらに芸術作品のようなケーキでうめく尽くされる。
その様はもはや既存のお菓子屋さんのイメージを遥かに超えるだろう。

最近は商店街を盛り上げたいと若者たちが相談にくるという。「とりあえず行動。やることに意味があるから」と伝えている。

商売は心。だから学び続ける

「最近は、本当に手間暇かけたお菓子は、どこか敬遠されている。重きを置かれていない感じがする」と半世紀以上、お菓子を作り続けてきた三好さんはぼやく。

でも、「包丁のない人がいるから、カット野菜が売れるのでは。商売ってそういうもの」。だから、それも時代だともいう。

「要は消費者が何を求めるかによって変わるから。ドイツパンは本来大きくて、何日もかけて食べる習慣がある。でも日本には向かないのでは?食べきりサイズとか、なんならスライスしてあげたり。ケースバイケースだから」

だからマロングラッセを真空パックで包むのも、「手間暇考えたら大手がやるのも理解できる」時代は変わり続ける。年齢は関係ないとはいえ、三好さんも76歳。
半世紀を超えた『モカドール洋菓子店』は、これからどこへ向かうのか。

書や絵を習い始めたら、アイディアが湧いてくるようになった。「年齢は関係ない。満足したら、そこで進歩は止まってしまう」

「1年でも長く続けたい。あとは天井に100号の大きな絵を2枚飾りたい、ちょうどハマるサイズなんだ」と笑わせた後、

やっぱり商売は「心」だと続けた。

「私が1番嬉しいのは、なんて言っても、お客様からのお礼状。ぜんぶ取っといてある。だって、これだけたくさんのケーキ屋があるなかで、うちを選んで買ってくれたわけです。その思いに応えるためなら、書も勉強する。デザインも勉強する。そして始めたら、やめない。ずっと学び続ける。上には上があるから」

だから、今日も掃除から始まる。営業日は毎日1時間半かけて、店の前の通りを掃いて、入口から店内、厨房まで磨き上げる。50年以上、繰り返される朝のルーティン。

そんな日々の積み重ねも、お客さんに気持ちいいと感じてもらいたいから。

「結局、世界に類のないケーキ屋さんを作りたい。誰も見たことのない菓子屋。本場のドイツ人が来て、びっくりするようなお店を」