新潟県三条市
手焼きの四角いクレープは、住宅街でこっそり大人気 (2/2)
クレープ はやかわ菓子店
聞き手 小林みちたか
写真 梅原渉
先代の父の時代は、クレープの味は、バナナ、チョコ、ブルーベリー、マロン、ル・レクチェ(西洋梨)の5種類がレギュラー商品だった。
ただ、ル・レクチェで使っていた缶詰が、廃盤になってしまった。
いくら新潟の名産果物とはいえ、収穫は主に11月から12月頃。とてもレギュラー商品としては使えない。
そこで、純一さん夫妻は、あらたな味を開発する。それが「抹茶」だった。
「女性は抹茶スイーツが好きなイメージがあったので、やってみました。好き嫌いが分かれる味ですけど、抹茶が一番好きと言ってくれるお客様も結構いますよ」と妻のゆかりさん。
甘さが一番控えめで、「甘いものを食べない夫も、抹茶だけは食べます」と笑う。
使用するのは、日本三大抹茶の「宇治抹茶」。高級抹茶を使ったわらび餅入りのクレープは、上品な苦味と甘さのバランスが絶妙。
「よくある抹茶味のスイーツを食べて苦手になった人に、ぜひ食べてもらいたいです」と仕入れ価格が高騰するなかでも「本物の宇治抹茶」にこだわっている。
父の時代は「いちご」だけだった季節限定商品も、精力的に進化させている。
純一さんと妻のゆかりさんの夫婦2人の流れるような協働作業で、可愛いクレープがどんどん出来上がっていく。
まず、産地に特にこだわっていなかった「いちご」を、地元三条産の「越後姫」に変更した。今や1月から6月限定の人気商品となっている。
さらに、夏の終わりの9月下旬から1ヶ月程度限定で、やはり地元三条産の「シャインマスカット」を使ったクレープを開発。
冬に向けては、以前レギュラーだった「ル・レクチェ」を、こちらも地元三条産を使うことで、11月下旬から1ヶ月程度の限定として復活させた。
「やはり地元産は鮮度が違います。お客様にとっても、どこかの果物より、地元の三条産の方がプレミアムに感じていただけると思います」と妻のゆかりさん。
地元の旬の果物を使ったクレープとなれば、贅沢この上ない。
地元三条産の「越後姫」を使った「いちご」味。猛烈な勢いで物価が高騰する中、こぼれそうなほどのいちごが入っている贅沢な一品だ。
では、「いちご」の後の夏は何だろう。
夏といえば、スイカやメロンが思い浮かぶ。
「夏場は難しいんです。他にも桃なんかあるのですが、水分量が多くて、クレープには向いていないんですよね」と純一さん。
そこでひねり出したのが、「カフェオレ」。
「これだけ違和感はありますが(笑)。でも、独特の食感で結構人気なんですよね」
ある時、業者さんからサンプルでもらったコーヒーの香料にピンときた。
最初はコーヒーゼリーにしてみたが、予想通り水分が多すぎて難しかった。そこでコーヒーのわらび餅を作ってみたところ、うまくいった。
クレープの中にはクリームも入っているから、「それじゃあカフェオレだ」となった。特に大人のお客様に人気だという。
『はやかわ菓子店』では、1年を通して、レギュラー5種と季節限定4種の計9種類が店頭に並ぶ。色とりどりのクレープを、ひと口食べると、その柔らかさに、思わず声が出た。
レギュラー商品の「マロン」「ブルーベリー」と2代目が開発した「抹茶」。ちなみに、上の段にある新潟名物「プラリネ」のミニサイズは、他店ではあまり見かけない珍しい商品。先代が考案したという。
手間を惜しまない菓子作り
「こだわりを聞かれると困るけど、スポンジは大きいかもしれないですね」という純一さんが作るスポンジの柔らかさにまず驚く。
その存在感たっぷりの柔らかなスポンジと絡み合うのが、ボリューム満点なのにあっさりとした上品な甘さのクリーム。この味にたどり着くまでには、何度も試行錯誤を重ねてきたという。
そして、何より、生地の柔らかさ。
『はやかわ菓子店』のお菓子のほとんどは純一さんの手作りだが、クレープを包み込む生地を焼くのは、妻のゆかりさんの役目。
トンボ(T字型の道具)を使って鉄板に広げる一般的な作り方ではない。専用の丸みを帯びたフライパンを使い、熱したプレートに何度も何度も生地を押しつけて焼き上げていくのだ。
もちろん手間がかかる。けれど、この手間が手焼きならではの独特の粘度を生み、極薄で破れない、口溶け抜群の生地を作り出している。
「何がいいのかわからないですが」と純一さんは謙遜しつつ「くどくないのかもしれないですね。いくつも食べてくださる方もいますから」と目を細める。
上品なすっきりした甘さは、ボリュームがあるのに柔らかく、すっと口に溶けていく。ついもう1個と手が伸びる。
それが『はやかわ菓子店』が愛され続ける理由だ。
生地やスポンジは前日に仕込んでおき、翌朝から開店までに、2人で100個弱のクレープを作り上げる。
ただ人気商品が1つでもあれば、順風満帆というわけにはいかない。冷凍をしないため、クレープは1日に作れる数に限りがある。
その分、モンブランをはじめとした洋菓子、チョコまんやどら焼きといった和菓子、新潟名物プラリネなどの焼き菓子たちも、お店を支える大切なお菓子。
客商売は、お客様に合わせる仕事。売り切れたり、売れ残ったりすれば、翌日の仕込みも変わるし、段取りも変わる。いつだって予定どおりにはいかない。
「その辺りは大変ですよね」と純一さんも苦労を語る。
最近では地元の中学生や高校生から依頼され、コラボして作った特製クレープをマルシェや文化祭で出すこともあるという。
でも、思い通りにいかないのが人生。やりたいことばかりが、できるわけじゃない。
図らずもお菓子屋を継ぐことになった純一さんは、そう達観する。
父のように長年の厳しい修行をしてきたわけじゃない。決して、引き出しも多くはない。ただただ、大雑把な性格を自覚して、丁寧に作ることをいつも意識している。
「昔よりおいしくなったね」
常連客からのそんな言葉に、「まあ、これでいいのかなって」と純一さんは控えめに笑う。
自分が作ったお菓子を「おいしい」と言ってもらえる。お客様の声を直接聞ける喜びは、会社員時代には決して味わえなかったものだ。
お菓子が綺麗に仕上がると、素直にうれしくなる。
「やりがいなんて聞かれると困っちゃうんですよね」
そう言って言葉を濁す純一さんの横顔は、まぎれもなく、地元の人々に愛される「菓子職人」だった。