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広島県 呉市

選び抜いた銘水でつくる、お坊さんのロングセラーケーキ。 (2/2)

ブランデーケーキ 御菓子司 幸野屋

聞き手 小林みちたか

写真 梅原渉

『幸野屋』の看板商品である「ブランデーケーキ」は、60年ほど前に生まれた。

ただ「親父は和菓子で、洋菓子は3人いた職人さんたちが作っていたので、そのどなたかが、はじめたのでは」と誕生の詳細は不明という。

ある時、知人の酒屋さんにブランデーケーキを作っているという話をしたところ、

「製菓用のブランデーは風味づけ用だから飲んでも美味しくない。これを使いな」と勧められたのが、飲むための「ナポレオンのブランデー」だった。

以来、『幸野屋』のブランデーケーキからは、”本物”の芳醇な香りが漂う。

ブランデーをはじめ材料にこだわれば、当然、仕入れる値も高くなる。ただ『幸野屋』の商品の価格はどれも控えめ。「これじゃ安すぎる。もっと取らないけんぞ」とお客様の方から言われることもあるという。

「うちのお菓子はすべてそうです。素材そのものだけを食べても美味しい。そういう材料を使うようにしています」

小麦は佐賀県産。砂糖とバターは北海道産。卵は広島県産の赤玉卵と、どれも小林さん自らが全国各地へ足を運び、生産者と膝を突き合わせて話をして厳選したものばかり。

なかでも、水のこだわりには驚く。

「いろいろ回って、ここが一番美味しかった」という水は、広島の山奥に湧き出る銘水。

「往復7時間かけて、月に1回、260リットル分を汲みに行っています」という徹底ぶり。

「ブランデーケーキ」は、その銘水と純度の高い氷砂糖に、ナポレオンブランデーを1対2で調合したシロップを使う。

きれいな色に焼き上がった「ブランデーケーキ」の生地。見た目通り、当時の店の人気商品だった「カステラ」が元になっているとか。シロップを染み込ませる前だが、このまま食べても美味しそう。

蒸し焼きにして、中までじんわりと熱の通った生地に、ハケでちょんちょんと叩くように、シロップを染み込ませていく。こうすると、生地の強度を保ったまま、生地の中までシロップが浸透していくのだ。

この手間のおかげで、ナポレオンの香りをしっかりと感じられながらも、決してブランデーが滴るようなことはない。なのに、生地はみずみずしく、驚くほどしっとりとしていて、あっという間に口の中で溶けていく。

ほどよい甘さは雑味がまったくなく、上品で、繊細な味わいは、素材の大切さをあらためて感じさせてくれる。

素材を活かした技量と、水をはじめとした原料への深いこだわりがあってはじめて、60年間不動の人気を誇るロングセラーケーキを生み出すことができるのだ。

30代半ばからはじめたサーフィンは、「太陽の下で、何かやりたいな」と思い立ったのが、きっかけ。やがてプロとなり、国内外のトッププロをはじめ、世界チャンピオンとも一緒に波に乗った。

小林さんは、これまで師範となった空手も、師家となった坐禅も、30歳の終わりから始めてプロになったサーフィンも、とにかく当代一流の人たちに師事してきた。

「お菓子作りも、人生と同じ。紛れも無い本物だけを相手にしていきたいんですよね」

だから、素材も妥協しない。材料のための材料ではなく、食べて美味しいものを使ってこそ、美味しいケーキができるはず、というこだわりのもとで選んでいる。

その根底にあるのは、幼少期から自身を厳しく育ててくれたお菓子作りの師匠である父の言葉。

「変なものをたくさん集めるよりも、1つだけでも本物を持っていた方が幸せだ。そう親父から言われていました。自分がいいと思うことが、一番の価値なんだということを学びましたね」

『幸野屋』の店内には、2代目の久登さんが描いた趣味の域をはるかに超えた絵画がいくつも飾られている。

素材の声を聞く

「お菓子作りも、空手も坐禅も一緒なんです」と小林さんはいう。

心に迷いがなく、私心や雑念がなくなると、素材の声が聞こえてくるそうだ。たとえば、小豆を炊き上げるタイミングが小豆の声となって聞こえてくる。「いま」という瞬間がわかるというのだ。

そんな各分野を極めてきた小林さんにしても、「お菓子作りは難しい」

「お客様は、とても美味しいと言ってくださいます。安心して食べられますと言ってくださいます。でも、やっぱり完璧には至らんですね。お客様には申し訳ないです」と反省しきり。

たまに、「これは創業以来、一番いい出来だ!」と思うことがあるというが、次の日になると、しっくりこないところが見えてくる。もっといいものができたはずと思ってしまう。

「本来は、常に安定して同じものを作り出さなければいけないのでしょうが、うちのような手作りの店ではなかなか難しいですね」

小林さんは、子どもの頃、父から「孤独を恐れちゃいかん」とよく言われていたという。だから、何事にも迎合することなく生きてきた。「私に残ったのは、楽しい人生だけですね」と笑う。

それでも、下を向くことない。

「もちろん仕事は生きていく糧ではありますが、この店は、みんなが幸せになるためにあるんだと思っているんです」

禅宗は、和菓子を単なる「おやつ」ではなく、「心を整え、一瞬一瞬を大切にするためのもの」として捉える文化を育んだ。それが現代の洗練された和菓子へと受け継がれていると言われる。

「本来、明日もわからないのが人生です。未来の夢のために今を犠牲にする人が、果たして、未来を楽しめるでしょうか。今が楽しくないのに、未来が楽しいなんてことはないと思うんです」

「豊かで満足して自由に生きる。その土台が、『幸野屋』なんです。これまでやってこられたのも、親父さんやお袋さんが築いてくれた信頼のおかげですね」

だから、大事なのは、今、この瞬間。そうやって小林さんは、お菓子を作ってきたのだ。

そして、最後に、こんな言葉を教えてくれた。

この思いが、『幸野屋』そのものだという。

訪ね来る人には微笑みを、去り行く人には幸せを――

小林さんの作る『幸野屋』のお菓子をいただくと、不思議と幸せな気持ちになった。