東京都 町田市
”ほどよい甘さ”が愛される、80代の店主がつくる街のケーキ屋さん。 (2/2)
ボンフル ボンヌール洋菓子店
聞き手 小林みちたか
写真 梅原渉
「ボンフル」は、修行時代に作っていたカステラにホワイトチョコをかけた焼き菓子を参考に、アレンジを加えていった。
栗を入れてみようと思いついたきっかけは、山梨で育った少年時代に遡る。仲田さんは友人たちとよく山へ入っては栗やキノコを採って食べていたという。
「栗は好きでしたね。それでスポンジの生地に入れたら美味しいかなと思ったんです」
とはいえ、栗をそのままスポンジに入れても、大きすぎて、剥がれ落ちてしまう。
ならば、小さくしていくしかない。仲田さんは、長包丁で、栗を細かく、細かく、刻んでいった。
2キロ分の栗を細かく刻むのに、20分はかかるという。それで「ボンフル」200個分くらい。
ピークとなれば、1日で500個近く作ることもあるというから、倍以上の栗を刻まなければならない。
言葉以上に重労働な手作業を、仲田さんは、50年以上続けているのだ。
仲田さんは、モンブランなどに使っている栗を、この長包丁で細かく切り刻んでいくという。
その甲斐あって、細かくすることで、隠し味のような栗が、じっくり焼いたスポンジとよく馴染む。
そのスポンジを、チョコレート一杯のボウルにドボンと浸す。チーズフォンデュのように、全体にたっぷりとチョコが絡まるが、その甘みは決して濃くはない。
チョコもスポンジも、甘さはあくまでも控えめ。その分、どちらもしっかりと味わえる。
固まったチョコも決して硬すぎず、口の中で柔らかく割れ、ふんわりとしたスポンジとの食感もバランスが取れている。
どの要素も主張しぎることはない。それが飽きのこない美味しさになる。気づけば、2個目に手が伸びてしまう。
「ボンフル」が、ご自宅用にも、お土産用にも、重宝されるのがよくわかる。
店名の『ボンヌール』が幸せという意味から、包装紙やナプキンには、幸せを運ぶ青い鳥のチルチルミチルのイラストが使われている。
創業当時、お店のショーケースには、ショートケーキやチーズケーキが並んだ。修行時代の10年の経験を活かし、街のケーキ屋さんとしては十分な商品ライナップを揃えられた。
ただ自分の店を持つからには、自分のオリジナル、『ボンヌール』の看板になるようなケーキを求めたのだろう。
仲田さんは、何度も試行錯誤を繰り返し、この味にたどり着いたのだ。
隠し味の栗の量は、年々、増えているとか。
「やっぱりたくさん入っていた方が美味しいんじゃないかなって思ったんだけどね。まあ比べてないんだけど」と笑う。
50年以上、ずっと売れ続けているのだから、美味しさは、お客様が証明している。
チョコレート一杯のボウルにドボンとスポンジを浸す仲田さん。「作っているところは、あまり人に見せたことはないよ」という。
そんな「ボンフル」の「ボン」は、『ボンヌール』の「ボン」だが、「フル」は「語感がよかったから」というだけで特に意味はないという。
思わずクスッとしてしまうくらい、仲田さんには気負いがない。
背伸びすることもなく、偉ぶることもない。だから、こちらも変に身構えることもない。『ボンヌール』の魅力は、そんな「ほどよさ」にあるのではないか。
派手な装飾や、奇抜なトッピングも必要ない。控えめな甘さは、味への自信のあらわれともいえる。
上品で、やさしい味わいは、地元の人たちに愛され続ける街のケーキ屋さんの理想的な佇まいなのだ。
「ボンフル」が誕生して10年後くらいに、スポンジのカステラにコーヒーを混ぜた「ボンフルコーヒー」を新たに考案した。こちらも人気商品となっている。
父は鉄人
父の仲田さんを支える娘の栄理子さん。子どもの頃は、友だちから「おうちがケーキ屋さんでいいな」と羨ましがられたそうだ。
言われる本人は、「甘いものが当たり前にありすぎて、ありがたみを感じていなかったですね」と笑う。
当時は、朝9時から夜9時まで年中無休。毎日、仕事漬けの父だったが、誕生日にケーキを作ってくれたり、たまに平日に休みをとって遊びに連れて行ってくれたりもした。
「遊園地が貸切状態で嬉しかったのを覚えています。家族サービスはしてくれていたと思います」
高校生になると、お店でアルバイトをするように。「自分が家業を継ぐのかな」という思いが具体的に芽生え始めるが、
「朝から夜まで年中無休ではたらく父を見ていたので、これは大変だなって」とすぐに覚悟はできなかった。
ただ、父を支えるようになり、あらためて街のケーキ屋さんとしての存在の大きさを感じる。
子供の頃に父の白衣を着ておどけている写真が残っているという娘の栄理子さん。ケーキを作る父は寡黙でいかにも職人に見えていたという。
「親子孫の3代で来てくださるお客様もいるんです。うちのケーキを喜んでくださるのは、本当に嬉しいですよね。大袈裟かもしれないですけど、幸せのお手伝いができているのかなって。こんなお仕事は、なかなかないと思います」
とはいえ、将来について考えると、答えはすぐにはでない。
「これだけの量をほとんど1人で作り続ける父の代わりは、とてもできません。でも、毎日、ボンヌールにはたくさんのお客様がやってきてくださる。その思いに応えないといけない。悩ましいですね」
高齢の父を支えていきたいが、いつまでできるのか。そんなジレンマに苛まれている。
地元町田で愛され続ける『ボンヌール』。2009年には、地元の人たちの投票で選ばれる「町田私の好きなお店大賞」を受賞したことも。
そんな娘の思いはありながらも、父の仲田さんは80歳を超えた今もケーキを作り続ける。その姿に「父は鉄人ですよ」と、どこか誇らしい娘さん。
「頭の回転がとても早くて、ギャグも大好き。自宅では、ひょうきんなんです」という父は、地震があったときも、真っ先にお店に向かっていった。
やるべきことがある。喜んでくれるお客様がいる。そんな役割への使命感が、父を駆り立てているのかもしれないという。
目覚ましがなくても、決まった時間に必ず起きる。どんなに寒くても、変わらない。50年以上続けてきた習慣が体に染み付いている。
「妥協せず、自分に厳しいところは見習いたいですね」というくらい生真面目。
関係ないかもと前置きつしつつ、
「植物の世話が上手なんです。父の手にかかると難しい植物でも生き生き育つんです」と娘さんはいう。
光の当て方や水の加減など、必要なものを必要なだけ与える。その観察する目は、きっとケーキ作りにも通じる。気温や湿度によってチョコレートの配合を微妙に変えながら、毎日変わる条件のなかでも、いつもの味に仕上げていく。
「その技術は、本当にすごいなって思います」
仲田さんにとっては、 80代という年齢は単なる数字にすぎない。
仲田さんに、80歳を過ぎても美味しいケーキを作り続けられる秘訣を聞くと、「今のところは元気だけど、明日はわからないよ」と笑いつつ、「毎日、働いているからかな」という。
そして何よりお客様の「美味しい」という声に支えられているという。
一生懸命作ったものを喜んでもらえる。それは、やっぱりに何にも代え難いものなのだ。
「ボンフル」は、5.5cm×5.5cm×3cmの綺麗な直方体。箱にぴったりのサイズが美しい。
だから、看板商品の「ボンフル」は、「常に切らさないようにしている」。その思いが、仲田さんを今日もケーキ作りに向かわせている。
ケーキ屋さんのいない街は、どこかさみしい。いつもと同じ美味しいケーキが、いつでも食べられるのは、とても幸せなことなのだ。
半世紀以上、変わらない“ほどよい甘さ”を届けてきた『ボンヌール洋菓子店』。
今日も仲田さんは、変わらぬ手つきで栗を刻み、生地を丹念に混ぜる。じっくりと焼いたスポンジをチョコに浸す。
その一つひとつの積み重ねが、街の人たちの暮らしをそっと明るくしている。