東京都 町田市
”ほどよい甘さ”が愛される、80代の店主がつくる街のケーキ屋さん。 (1/2)
ボンフル ボンヌール洋菓子店
聞き手 小林みちたか
写真 梅原渉
⼩⽥急とJRが接続する町⽥駅。その周辺は、大型商業施設が建ち並び、多摩地域最⼤の繁華街として活気ある街並みを形成している。
北口の踏切を渡り、駅前の喧騒を抜けると、70年の歴史をもつ栄通り商店会がある。
約1kmの範囲に「店主の顔」の見えるお店が約100店舗。そのなかの1つ。駅から歩いて10分ほどの旧町田街道沿いに『ボンヌール洋菓子店』は建っている。
創業は1969年11月。空き家も目につき始めた商店会にあって、56周年を迎える今も、地元のお客様に愛されつづけている洋菓子店だ。
『ボンヌール洋菓子店』の看板商品「ボンフル」。箱買いしていくお客様も少なくない。
多くのお客様が購入するのが、看板商品の「ボンフル」。
じっくりと焼き上げたカステラを、ほどよい甘さのチョコレートで包んだ『ボンヌール』のオリジナル焼き菓子。
「そのまま食べても美味しい」と評判のスポンジには、細かく刻んだ栗が入っている。
ただ何も知らずに食べると、色も似ていることもあって、栗が入っていることに気がつかないかもしれない。
栗を長包丁で丹念に切り刻むのは、『ボンヌール』の創業者・仲田榮さん。
なんと御年80代。
自ら生み出した「ボンフル」はもちろん、『ボンヌール』のほとんどのお菓子を毎日作っている。
その鉄人ぶりには、思わず言葉を失ってしまうほどだ。
チョコレートでコーティングされた人気No.1の「ボンフル」。そのほかにも、焼き菓子のマドレーヌやシェルが人気。ショートケーキやモンブランなど商品ラインナップは幅広い。
山梨から目指した洋菓子の道
創業者の仲田榮さんは、山梨県韮崎で生まれ育った。ご両親は、お菓子とは「全然関係ない」そうだが、自身が甘いもの好きだったこともあり、地元の和菓子屋で働き始める。
2年ほどで「田舎じゃだめだなって思ってね。やっぱり洋菓子の方がいいなって」と思い立ち、上京する。
その頃の日本は高度経済成長期がはじまったばかり。東京では、はじめてのオリンピックを数年後に控えていた。
多くの若者が「東京で勝負したい」と思ったはず。20歳だった仲田さんもそんな雰囲気に誘われたのかもしれない。
東京では銀座の有名店などで10年ほど修行した。すべて洋菓子屋さん。
日本がどんどん豊かになり、世の中が欧米化していく中、お客様は洋菓子を求めた。だから、「修行時代は忙しかったですね」と仲田さんは懐古する。
修行先には寮があった。
「若い人は住み込み。半分くらいはお菓子屋の息子とかでしたね」
みんな同世代。忙しいけれど、励まし合い、乗り越えていけた。
それでも、もう辞めたいと思ったこともあったという。
「店の近くに築地警察署があってね。そこで警察官を募集していたんですよ。これもいいななんて思って、応募用紙を取りに行ったこともありましたね」
応募用紙を持ち帰ったところ、先輩から「やめときなよ、お菓子屋の方がいいよ」と説得された。
あらためて考えると、自分が作ったものを美味しいと言って喜んでもらえる。そんな仕事は、なかなかなかった。
「先輩には何かとお世話になりましたね。先輩がいたから続けられたかなって」
『ボンヌール』の創業者の仲田榮さん。ケーキを作る立ち居振る舞いは、年齢をまったく感じさせない。
町田ではじまる”幸せ”の店
仲田さんは、30歳で独立する。東京での修行も区切りの10年になっていた。
場所は町田駅から徒歩10分弱の栄通り商店会の一角。
住み込みの寮は相模原にあり、たまに町田には来ていて土地勘はあった。ただ訪れるのは繁華街の南口ばかり。踏切を渡った北口側はまったく知らなかった。
「不動産屋さんが、目の前にスーパーができたばかりだから最高の立地ですよ、なんて上手いこと言ってね」
スーパーとは、地域密着、超ドミナント戦略を掲げ、いまや東京西南部と神奈川全域に50店舗以上を展開する「スーパー三和」。その記念すべき第1号店が、数年前にオープンしていたのだ。
町田は、かつては「町田109」があったことから「西の渋谷」と呼ばれていた。現在も「西のアメ横」と称される仲見世商店街など多様な店舗が軒を連ねている。
仲田さんは、その場所に決めた。店名は『ボンヌール洋菓子店』。Bonheur(ボンヌール)とは、フランス語で、「幸せ」という意味。
修行時代に実感したお菓子作りの醍醐味。食べてくださるお客様に幸せを届けたいという思いが込められていた。
結果的に、不動産屋さんの見立ては正しかった。
それから半世紀が経ち、旧町田街道沿いからはポツポツとお店が姿を消し、代わりにマンションが増えている。
それでも、スーパー三和は町田の人たちの生活を支える存在であり続け、向かい合う『ボンヌール』もまた、街のケーキ屋さんとして地元の人たちに愛され続けているのだから。
そんな『ボンヌール』を創業時から支えていたのが、看板商品の「ボンフル」だった。