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北海道 留萌市

恋の喜びに包まれた白あんは、食べる人を笑顔にする。 (2/2)

るもいの乙女 千成家

聞き手 小林みちたか

写真 梅原渉

『千成家』には、現在、長内さんにくわえて、2人の職人がいる。26歳の對馬志織さんと20歳の武田心花さんだ。

還暦間近の長内さんとは親子ほど歳の離れた2人だが、お菓子作りは3人で行うことが多い。

たとえば、「るもいの乙女」なら、広げたホイルの上に、長内さんが生地を敷き、その上に熊谷さんが白あんを乗せ、長内さんが生地でサンドし、武田さんがホイルを手早く折りたたんでいく。

「僕もスタッフもみんな食べるのが好きなんです。つくったそばから、食べたいなって思ってしまうくらい。スタッフが『社長、それ壊して! そうしたら食べられる〜』なんて冗談を言い合いながら、いつもつくっています」

「るもいの乙女」をつくる入社8年目の對馬志織さん。長内さんとのやりとりも終始なごやか。「仕事以外では、社長と呼ばれたくないそうで『長内さん』って呼んでます」と笑う。

そんな楽しい職場の雰囲気は、父の時代からだという。

「昔勤めていた人から、『お父さんは面白かったよね」って言われます。まだ子どもで反抗ばかりしていた僕には厳しかったですが、職場では笑いながら、よく仕事していましたね。優しくて、楽しい人でした」

『千成家』がモットーに掲げる「楽しさの輪を広げる」は、2代目だった父の言葉だ。

「父は、ルールや和を乱すのが嫌いな人でした。周りに迷惑をかけるのも嫌い。ただ、それを厳しさで縛るのではなく、楽しさで守っていこうという考えなんだと思います」

8年前に入社した對馬さんは、元々は、お客さんとして『千成家』にきていた。

「他の店とは違って、店員さんたちも朗らかで、『買わなきゃ』っていう変なプレッシャーもないのが好きでした。職場を体験させてもらったら、とても楽しくて。お菓子屋さんは子どもの頃からの夢だったので、やるなら、こういうお店で働きたいと思いました」

20歳の武田さんも、『千成家』の職業体験をきっかけに、ここで働きたい!と思ったそうだ。

對馬さんが高校時代に同級生たちと開発した「千望むうす」は『千成家』で販売された。そんな縁も入社のきっかけになっている。

日本中の多くの店が人手不足で悲鳴をあげている今、北海道の小さな港町のお菓子屋さんに職場のあるべき姿を感じる。

「実は修行時代の店が、上下関係のものすごく厳しいところでした。後輩は朝から晩までずっと洗い物、みたいな感じで。そういう雰囲気はやっぱり疲れちゃいますよね。同じ働くなら、やっぱり楽しい方がいいなって」

そして、長内さんは笑顔で続けた。

「昔から、お菓子は団欒の場にあるものですよね。そこには笑顔がある。緊張ガチガチだったら、みんなを笑顔にするお菓子はつくれないかなって思うんです。だから、つくる僕らが、とにかく楽しくやりたいなって思っているんです」

父の掲げた『千成家』のモットーには、そんな長内さんの思いも込められている。

「るもいの乙女」のホイル焼きは、まだ食品の劣化防止の脱酸素剤などのなかった50年前に、日持ちさせるためにはじめた。最近、お菓子仲間から「今どきホイルで包んで焼くなんて、面白いな」と言われたそうだ。

ベストセラーより、ロングセラー

58歳の今も毎日お菓子を作り続ける長内さん。実は、小麦アレルギーなのだという。ひどいときは、夜中に病院に駆け込んだこともあるそうだ。

「いまさら他の仕事もできないですしね(笑)。それに、お菓子をつくるのが好きだし、お客さんの喜ぶ笑顔や声もうれしい。何より食べるのが大好き。甘いものは別腹っていうのは、本当によくわかりますね」

お菓子が大好きな長内さんは、休日になると、バイクの王様・ハーレーダビッドソンで道内を駆け回っている。

楽しそうな長内さんに影響されたのか、スタッフの熊谷さんも『千成家』に入社してから、大型バイクの免許を取得し、ハーレーに乗りだした。さらに、旦那さんまで、他のバイクからハーレーに乗り換えた。ハーレー3台でツーリングに出かけることもあるとか。

バイクの免許を取ったのは、東京での専門学校時代。同世代たちとの寮生活は刺激的で、勉強はほどほどに、よく遊んだという。当時の仲間たちとは今もお菓子の情報共有をしたりと交流は続いている。

そしてツーリング仲間の輪が広がり、『千成家』が、札幌や旭川からやってくるバイク乗りたちの中継地点になっているという。

「多い時には、バイクが40台も店の前に並ぶこともありますよ。そのバイク仲間たちがうちでお菓子を買ってくれて。それを食べた人たちが、またうちにやってきてくださったり」

そんな楽しい輪が広がることが、何よりもうれしいという。

「そういう反応を感じられるのが、この仕事の一番の魅力だと思います。だから、こんなふうに作ったら、喜んでくれるかなって、食べている人を想像をしながら、いつもお菓子をつくっています」

昨今の材料費の高騰など、お菓子業界を取り巻く状況は厳しさを増しているが、「妻とは、75歳までは一緒に続けようねって話しています」と長内さんは笑顔で話す。

そんな長内さんが、最近、開発したのが「るもいとうふ」。見た目は豆腐で、中身は豆乳を使ったケーキ。抹茶、キャラメル、チーズの3種類の味を楽しめる。わざわざ遠方から買いに来る方もいるという人気商品だ。

ただ、新商品を次々とつくることには、興味がない。

「もちろん若いスタッフたちも『これやってみよう』といろいろ言ってくれるので、若い感性は頼もしいです。ただ、ブームに追っかけられないように、とは思っています」

だから、『千成家』の主な商品ラインナップは、2代目の父の頃から、そう変わっていない。味がダメなら、売れない。続いているのは、お客様が求めている証拠。

発売して半世紀近い「るもいの乙女」も、いまだにお客様から求められることも多いという。

「だから簡単に変えてはいけないと思っていますし、わざわざ変える必要もない。いいものはいいわけで、父の流れは大事にしたいかなと思っています」

そして、長内さんは、最後まで笑顔を絶やさず、こう言った。

「ベストセラーって聞こえはいいですけど、パッとなくなっちゃうものでもあります。ベストセラーよりもロングセラー。その方がいいのかなって、思っています」