沖縄県 那覇市
バタークリームをサンドした、昭和レトロな濃厚スポンジケーキ。 (1/2)
マーブルケーキ トーエ洋菓子店
聞き手 小林みちたか
写真 梅原渉
2003年に運行を開始した沖縄県唯一の鉄道・ゆいレールの壺川駅から、桜の名所の与儀(よぎ)公園へ向かって歩くこと22分。
与儀小学校のある十字路から徳利のように幹の膨らんだ木々が並ぶ通りを進むと、あざやかな黄色とオレンジのストライプのひさしに赤い店名が目に飛び込んでくる。
『トーエ洋菓子店』
夏のある日の平日の昼間でも、お客様が次から次へとやってくる人気のケーキ屋さんだ。
「赤と黄色に特に意味はないですが、目立っているので、いいかなと思っています」
商店街の通り沿いにある『トーエ洋菓子店』。与儀の洋菓子屋さんといえば、必ずと言っていいほど名前が上がる地元の名店だ。
そう教えてくれたのは、『トーエ』の2代目・東江(あがりえ)裕貴さん。はつらつとした笑顔が印象的な好青年だ。
お名前の「あがりえ」が、「トーエ」とも読めることから、先代が名付けたという。ゆくゆくは、もっと洋風な店名をつけるつもりだったはずが、そのまま定着して、今に至るとか。
お店に入ると、可愛いバラの花柄の箱がうずたかく積み上げられている。
「マーブルケーキ」を入れる箱型のパッケージ。このパッケージを包む包装紙とともに「特にこだわりはなくて……」というデザインだが、最近は昭和レトロなセンスが評判となり、メディアに取り上げられることもあるという。
看板商品の「マーブルケーキ」だ。
地元では、お祝返しの定番とか。とりわけ合格入学祝いのお返しの3月初旬は、フル稼働。ほかの商品の販売をストップして、「マーブルケーキ」だけに専念するほど。
配送はやっていないため、沖縄のこの与儀のお店でしか味わえない特別なケーキ。
お客様は地元の方が中心だが、なかには、どうしてももう一度食べたくて、県外からわざわざ何でも屋さんに依頼して手に入れたという強者までいるという。
それほど食べた人を虜にしてしまう「マーブルケーキ」。いったいどんなケーキなのだろう。
店内のショーケースには、ホールサイズでも2000円台というケーキが並ぶ。
香り高い特製チョコレート
『トーエ洋菓子店』が開店したのは、1969年。
「1969」は、沖縄にとって、特別な数字だ。
当時の日本の首相・佐藤栄作とアメリカのニクソン大統領が共同声明を発表し、県民の念願だった沖縄の日本返還が決定した記念すべき年なのだ。
※共同声明通り、1972年5月15日に沖縄県の施政権が日本に返還され、本土復帰を果たす。
そんなメモリアルな年に創業し、「マーブルケーキ」もまた看板商品として生まれた。
バタークリームをマーブル模様のスポンジケーキでサンドして、チョコレートをコーティングした直方体のケーキ。
先代が以前働いていたベーカリーにあったケーキが元になっていて、「サイズを大きくすれば、これは売れると思ったみたいです」と東江さん。
サイズは小(22×10×10cm)と大(22×14×10cm)の2種類。小でも十分な大きさだが、大はティッシュの箱より一回り大きいサイズで、さらにズッシリとして食べ応えがありそう。
価格差は300円で、「断然お得ですから、大の方を買う方が多い」という。
これだけのボリュームなら、お祝い返しにみんなで食べるには、もってこいだろう。
左が「マーブルケーキ」の<Small>。右の<Large>とは、横幅4cmの差だが、倍はありそうに見える。
開発者である先代の1番のこだわりは、チョコレート。いくつも試作を重ね、いろいろな人たちに試食をしてもらいながら、味を突き詰めていったという。
そのこだわりは、半端ではない。
ある時、チョコレートを製造するメーカーさんから規格変更を告げられた際には、「どうにか、これまでと同じものを作って欲しい」とお願いしたほど。
その結果、『トーエ洋菓子店』専用のハイミルクチョコレートが作られた。
「他社さんから、そのチョコを使わせて欲しいと言われても卸していないそうなんです」というから、ここ与儀でしか味わうことのできない芳醇な香りが自慢の特別な純チョコレートなのだ。