沖縄県 うるま市
”素通りのまち”に灯る、やすらぎのネオンと70円の焼き菓子。 (2/2)
ブラウニー アラモード
聞き手 小林みちたか
写真 梅原渉
1990年に『佐次田ベーカリー』は、『アラモード』と名前を変えた。アラモードとは、フランス語で、現代風とか、流行の、といった意味。
次男の司さんが、フランス菓子店での修行を終えて、父の佐次田さんとともに店に入ることになったのだ。
「ベーカリーと言っても、パンは少しで、ほとんど洋菓子でしたから。洋菓子屋らしい名前にしようと思ったんです」と司さん。
いくつか候補がある中、家族や修行先の師匠たちと相談して、店名を決めた。
『シェ・サシダ』という案も出たが、「よくある店名だから」と却下。
「修行先の女将さんが、『アラモードって、いいんじゃない』って。僕もいいかなと。『ア』で始まるのは、何かと一番前に並ぶので、結果的によかったですね」と司さん。
店名を変更するタイミングで、店の雰囲気も一新。
もともとあったイートインスペースもリニューアル。外から店内がよく見えるように、窓はしきりのないガラス張りにした。
現在の「コザ」の街。地図からその名はなくなったが、沖縄市の中心市街地に広がる文化圏の愛称として今も残っている。沖縄最大のイベント「沖縄全島エイサーまつり」が毎年開催されるなど、県内随一のエンターテイメントシティーだ。
看板を赤いネオンサインに変えたのは、当時、コザでネオンが流行していたからだという。
コザとは、佐次田さんが働いていた米軍の嘉手納基地に隣接し、米軍人を相手に飛躍的に経済発展を遂げたエリア。
沖縄返還後に地名としてはなくなったが、1970年代から1980年代にかけて繁華街として隆盛を極め、ネオンサインが街中に灯っていた。
当時のネオンサインは、いわば、繁栄の象徴だった。
真っ赤なネオンサインを灯し、『アラモード』に店名を変えてから、2、3年は珍しさもあって、とても忙しかったという。
「ブラウニー」を銀紙で包むのは、奥様の仕事だった。その奥様は数年前に亡くなり、「ぼくがやるようになってしまった」と笑う佐次田さん。食事も自分でつくるようになったそうだ。
ただ、その頃は、日本はバブルが弾け、長い不景気に突入していた。『アラモード』もまた、その後10年くらいは厳しい時代だった。
しかし、ここ14、15年くらいは徐々に盛り返し始めているそうだ。
車で10分ほどの恩納村に、国際色豊かな沖縄科学技術大学院大学(OIST)ができ、外国人たちがやってきては、ブラウニーを気軽に買っていくという。
また、うるま市が、日本ではじめて「闘牛のまち」を宣言し、石川を含めた市内の町を盛り上げている。
『アラモード』の近くにも大型スーパーができ、「人も増えているんじゃないですかね」と司さんもみている。
その司さんも、カラフルなマカロンなど新メニューを開発し、商品ラインナップも増やしている。
変わりゆく沖縄の中で、変わらないのは、佐次田さんが、「ブラウニー」を作り続けていること。
いつしか、『アラモード』は、石川の町で、いちばん古い菓子屋になっていた。
白を貴重にした明るい店内。半世紀を超える歴史から、親子2代にわたるお客様もいる。OISTができてからは海外のお客様も増え、「この前、ロシアとウクライアの女性が2人で一緒にきてくれました」なんてことも。
誠実であれ
現在のコザは、ネオン街の面影もなく、数の少なくなったサイン自体もネオンからLEDへと置き換わっている。
だから、余計、当時のままの『アラモード』のネオンサインは、貴重だ。
夕刻になると県道255号線沿いに、赤くぼんやりと浮かぶ『アラモード』の文字は、どこかノスタルジーを感じさせる。
その灯りに吸い寄せられるように、地元のお客様が店を訪れる。
「ちょっと腰が痛くなってきてはいますけどね」と笑顔の佐次田さん。いまだ現役の86歳。
長く元気でいられる秘訣は?
「やっぱり仕事ですね。『お父さん、見にきたよ』って会いにきてくれるお客さんがたくさんいるんですよ。やっぱり、うれしいですよね」
看板商品の「ブラウニー」は、創業当時から30年近く「ブローニー」という名前だった。
英語の発音通りの「ブローニー」の方が、当時の沖縄の人たちには浸透していたからという。
やっぱりブラウニーの存在が大きいという息子の佐次田司さん。町も変わりつつあり、ここ数年は手応えを感じているが、「ただ店を大きくしようとは思いません。質を落とすことなく、コツコツとやっていきたいですね」と語る。
現在の「ブラウニー」に変えたのは、2010年頃。
「これって、ブラウニーですか? って聞かれることが増えたので」と司さん。
はじめて、店を訪れた人たちは、あまりに良心的な価格に、驚く人もいるという。
「物価も急激に上がっていったわけでもなかったから、なんとか大丈夫でした」
というブラウニーも、さすがにここ数年の急激な物価高騰に、やむなく値上げせざるを得なかった。
2023年に60円に。そして、現在は70円。
それでも、破格といえる値段だ。
買うつもりがなくても、視界に入ると、「1本だけ、いや、3本ください」と思わず言ってしまう。
そんな価格だから、ブラウニーは差し入れに20個、30個と大量に買う人もいるという。これが1個200円、300円だったら、なかなか難しい。
「買いやすさは、やっぱり大事です」と佐次田さん。
だから、中学生たちも学校帰りに気軽に立ち寄ってくれる。
彼ら、彼女らが、大人になった時、きっと『アラモード』で友人たちと過ごした時間を思い出すことだろう。
そんな場所があることは、とても素敵なことだ。
沖縄返還時に基地で働く日本人は全員クビになるという噂は本当だったという。ただ、すぐに人手不足になり、多くの人が戻った。「でも、ぼくは、『行かないよ』って断りました」。その決断と行動が、佐次田さんの人生を大きく変えた。
誰もが買えるおいしいお菓子を作りたいと、洋菓子店をはじめた佐次田さん。その根底にあるのは母の教え。
「誠ぬ心んかいや弓矢立たん」
誠実であれば弓を引かれない。
つまり、正直者でありなさい、誠実でありなさい。という意味だ。
「商売を、正直に、誠実でやってきたつもりです。製品をごまかさない。工程を省かない。ごまかしても、後でバレたら、店の信用を失いますからね」
お客様が笑顔になることを第一に考えて、真面目にやってきた。
少しずつ司さんに仕事をバトンタッチしながらも、ブラウニーだけは、変わらず、作り続けてきた。
「1個50円のブラウニーを看板に、家まで建てました。自分の人生、自分なりに、ぼくは満足しています」
そして佐次田さんは大きな笑顔で言う。
「だから、元気なうちは、体が動くうちは、やめるつもりはありません。やっぱりお客さんの喜ぶ顔がみたいですしね。ブラウニーは、ぼくにとっては、元気の源。人生そのものです」
50円で買えるやすらぎに、どれほど多くの人が笑顔になったことだろう。
素通りまちの洋菓子店『アラモード』に、商売の哲学と人生の真髄が、静かに息づいていた。