青森県 十和田市
手触りだけを頼りに作る、果肉たっぷりのしっとりケーキ。 (2/2)
アップルケーキ 相馬菓子舗
聞き手 小林みちたか
写真 梅原渉
やるべきことを、一つずつ丁寧にやっていく。
言葉では簡単だが、実践するのは難しい。アップルケーキを作る相馬さんの姿に、あらためてそう思わせられる。
『相馬菓子舗』の「アップルケーキ」は、3日間かけて作られる。
まずは、生地の準備からはじまる。
前の日に仕込んでおいた卵や砂糖などを入れた生地のタネを冷蔵庫から出す。1日寝かせるのは、その方がしっくりくるからだそうだ。
それをミキサーで混ぜていく。混ぜ終わったら、今度はバターを混ぜていく。
「大きなお店のようにミキサーが2台あれば、両方いっぺんにできるんでしょうけど、うちは1つずつ」と相馬さん。
ミキサーでよく混ぜたタネとバターは、まとめて大きな寸胴の鍋に入れる。
次は、いよいよ、りんごだ。
使うのは、カットされたシロップ漬けの青森県産の大鰐りんご。
「プレザーブだと、ちょっと柔らかいんです。これはより生っぽく、歯応えがしっかりあるので、食感もサクサクしています」
そのりんご7、8キロを一気に鍋に流し込む。さらに薄力粉をくわえると20キロもの重さになる。
これで準備は整った。
いかにもずっしりと重そうな生地。このパレット1枚で「アップルケーキ」が70個分くらいになる。
相馬さんは、肘の上まであるビニールの手袋に腕を通すと、踏み台の上に乗り、真上から、寸胴鍋に右腕をズボッと突っ込んだ。
そして、ぐわん、ぐわんと、かき混ぜはじめた。
「しっかりと粉にまぶしながら、偏らないように混ぜます。粉っぽさが残ると生地のふくらみ加減に影響するんですが、その感覚は機械だとわかりません。それに機械で混ぜるとぐちゃぐちゃになってしまうんです」
だから、機械には任せられない。
太い腕をゆっくりと動かし続けていると、重みが変わってくるという。
「ちょうどいいところでやめないと、今度はグルテンが出すぎてきてしまうんです。やたら混ぜればいいというものでもない。ここも感覚なんで、結局、手が一番いいんですよね」
そして、ようやく、アップルケーキ220個分の生地ができあがった。
次は、その生地を、しっとりと焼き上げていく。
店内も設備も年季は入っているが、とても清潔に保たれ、整理整頓されている。
しっとり食感の秘密
米俵のような大きな寸胴鍋を両腕で抱え上げ、生地を型に流し込んでいく。
「若い時は、鍋に満タンに生地を入れていましたけど、もう今はできないですね」と相馬さん。それでも20キロあるのだから、十分、重労働だ。
型の外枠は開店当時から、もう50年くらい使っているという。型に流した生地を入れたオーブンも、やはり50年以上使っている代物。
構造も単純で温度調整のつまみしかなく、蒸気を逃すために扉を開けたり、閉めたり、焼きムラができないように位置を変えたりと気が抜けない。
焼き始めてから40分ほど時間が経つと、扉を開け、生地に蓋をして、蒸し焼きのようにした。
「これでさらに1時間。背の高いお菓子なんで、こうしないと外側ばっかり焼けちゃうんで。なかまでしっかり熱が通ることで、しっとりした食感になるんです。うちのお菓子の中では、一番長く焼いてますね」
オーブンに入れてから、1時間40分。
表面にはしっかりと焼き色がつき、なかはおいしそうな淡いたまご色に焼き上がったアップルケーキが出てきた。
実は少し前にオーブンが壊れてしまったそうだ。買い換えようと思ったが、やってきた業者さんが「これは貴重ですよ。直しましょう!」と、廃盤の部品まで自作して直してくれたという。おかげで今も現役で稼働している。
2日目はここまで。また1日寝かせて、いよいよ3日目にカットする。
カットに使うのは、昔ながらのくじら尺のものさし。
「横が一寸九分。縦が九分。昭和の人間なんで、今もそのままくじら尺を使っています」
余分な外側は、あらかじめ切り落としておく。ものすごくおいしそうだ。
「そうそう、これを好きな方がいましてね。500グラムくらいまとめて売るんですけど、すぐ売り切れちゃうんです」という。
一寸九分(7.2センチ)×九分(3.41センチ)にカットされたアップルケーキは、すべての断面に、りんごがぎっしり詰まっている。
りんごが入っていないケーキになってしまうこともあるんですか? とたずねると、
これまでは質問にひと呼吸おいてから、穏やかに答えていた相馬さんが間髪入れず「それはありませんね」ときっぱり。
機械に任せてただ混ぜているわけではなく、長年の経験をもとに自らの手でりんごの存在を感じながら混ぜているから、確信があるのだ。
重みのあるりんごは下にたまる。ただ、しっかり混ぜているから、相馬さんの言う通り、カットしたすべてのケーキに、確かにりんごがしっかり入っている。
最後のパッケージングは、女性スタッフが行う。
「細い指の方が上手にできるんで、もう任せっきりです」
真っ赤なりんごが大きく描かれたパッケージは、ケーキのサイズにピッタリ。
「父親が、やっぱり青森といえばりんごだから、大きく描いてほしいとオーダーしたのかなと。何かこだわりがあるわけではないですよ」と相変わらず控えめな相馬さん。
ただ、パッケージは「わざわざきれいにとって、ブックカバーにしている人もいましたね」と評判だ。
そして、3日間の工程を経て、『相馬菓子舗』のアップルケーキが完成した。
包装紙に描かれる2人の裸婦像は、詩人にして彫刻家であった高村光太郎の傑作として知られる十和田湖の乙女の像。十和田の人たちにとっては、象徴的な存在という。
同じ味は、同じやり方では作れない
アップルケーキの製作は週2回。1回で3日かかるから、定休日の1日を除いて、毎日、何かしらのアップルケーキ作りをしていることになる。
「毎日、同じような味にしていくには、同じやり方ではダメなんですよね」と相馬さん。
日によって天気も違う。気温も湿度も変わる。
「正直いえば、(ケーキ)1個1個もまったく同じではないですよね」
その振れ幅をできるだけ小さくするために、微調整を繰り返さなければならない。
だからこそ、機械で混ぜずに、手で混ぜることが重要だという。
「あの感覚が大事だと思うんです。毎日、毎日、お菓子に触っている。すると少しの違いでもわかるようになる。結局、それが1番だと思います」
レシピも、製法も、何一つ変わったことはしていない。でも、それを毎日、変わらずに、続けていくことが、いかに難しいか。
誠実に歩み続けてきたことが、長年、支持され続けているゆえん。
「地元のお客さんも多いですが、県外のお客さんも多いですね。地方への発送も同じくらい多いです」
父が体調を崩し、23歳で店を継いでから40年以上。 景気の波に揉まれながらも、相馬さんは『相馬菓子舗』のお菓子を、ほとんど一人で作り続けてきた。
いまや、その人気は、国内にとどまらなくなった。
それでも相馬さんは、「わざわざうちに買いに来る人なんていないですよ」と謙遜する。ただ、口コミには、「ようやく来れた!」という喜びの投稿も目立つ。
そんな『相馬菓子舗』を父親に「騙されて」継ぐことになった相馬さんだが、振り返れば、「お菓子屋さんになってよかった」という。
「こうやって同じ場所で何十年も続けていると、東京に出ていった同級生たちが、お盆や正月になって帰ってきた時に、お店に会いに来てくれるんですよ。そういうのはやっぱり嬉しいですよね」
相馬さんは、独身で子供もいない。跡継ぎもなし。
「だから、店も2代目の私で終わりです。材料費なんかもだいぶ上がっていますけど、あとに残すものもない。スタッフに給料払って、家賃払って、自分が生活できれば幸せなのかなって思っていますよ」
これほどの人気店なら、募集すれば跡を継ぎたいと名乗り出る人もいるのではと、水を向けても、「いえいえ、こんな小さなお店ですから」と、どこまでも控えめな相馬さん。
「おいしいと言ってくれる方がいるのはやっぱり嬉しいですからね。体が元気な限り、まだまだ年金ももらわずに頑張っていきたいですね」と最後までやさしい笑顔をたやさない相馬さんだった。