群馬県 沼田市
”世界一おいしい”と評された、賛否両論の手焼きのバウム。 (2/2)
バウムクーヘン 洋菓子工房 樫の木
聞き手 小林みちたか
写真 梅原渉
まず何よりも「バウムクーヘン」を覚えなければならない。
言われたままに、材料を並べ、加えて、混ぜると、生地になった。
その生地を、オーブンで熱した芯棒(ロール棒)に丁寧に重ねて焼いていくと、「バウムクーヘン」ができあがった。
生まれて初めてつくった「バウムクーヘン」は、父から「これだったら売れるよ」と褒められ、試作品のはずが、そのまま商品として店頭に並んだ。
「すべて手作りなのが、逆によかったんでしょう。作り方も非常に原始的だったので、暑さに耐えさえすれば、なんとか作れると思いました。もし繊細な技術が必要だったら、とても1週間では無理だったと思います」
とはいえ、最初は、父のように、生地かけと焼き上げを交互に行う2本焼きはできず、1本1本慎重に焼き上げていった。
もちろん、バウムクーヘン以外にも、ケーキや焼き菓子も覚えなければならない。
父の指示や説明はほとんど意味がわからなかったが、言われたことを必死にノートに書き込み、とにかく”完コピ”することだけを考えた。
体で覚えていくうちに、少しずつ、「こうすれば、こういう味になる」という勘所がわかってくる気がした。
「直前までディズニーランドで『はい!皆さん、こんにちは!』ってパフォーマンスしていたわけですからね。今思えば、よく倒れずにやれたなって思います」
鈴木さんは、ほとんど眠ることなく、1週間を駆け抜けた。
「あの1週間は、本当にアドレナリンがビンビン出ていて、若さでなんとか乗り切れましたけど、本当に瀬戸際でした。いまじゃとても無理です(笑)」と当時を懐かしむ鈴木さん。
そして、父が入院したあとも、無我夢中でケーキを作り続けた。
1ヶ月後の取材もなんとか乗り切ると、その記事を見た人たちが、次々と店を訪れた。
気づけば、いつの間にか父と同じように2本焼きができるようになっていた。
その「バウムクーヘン」を2本焼き上げるのにかかる時間は、およそ1時間から1時間半。それを1日に8セット。つまり10時間以上、炎の前に立ち続けた。
「火事場の馬鹿力ですかね。やっぱり親父に安心して欲しかったんです」
その情熱が、奇跡を起こしたのかもしれない。
父の手術は大成功。以後、再発もなく、いまも短時間ながら、「バウムクーヘン」を焼くこともあるという。
「いまだに親父から、『継いでくれてありがとう』という言葉もないんですよ」
鈴木さんは笑いながら、冗談めかす。
「でも、それも生きてくれているから言えるんですけどね」
父は生地を平らに整え、精密な形に仕上げたい。 息子はあえて凸凹を残し、自然の木の年輪に近い形を目指す。その方が歯応えがいいという。 「親子でもそれだけ違うんです。だから味を守るためにも、他の人には任せられないんですよ」
「お父さん、超えたね」
明治の創業から数えて4代目となった鈴木さんは、『樫の木』の「バウムクーヘン」を進化させていった。
元は、直径16.5センチのチョコが表面にコーティングされた1品だけ。
お客様から「もっと小さいのはないですか」という要望を受けて、小さいサイズを開発。さらに、「チョコが苦手なので」という声から、チョコなしのプレーンも作った。
製法やレシピは、基本的に変わってはいない。だが、問屋さんや良質な材料との出会いを重ね、バターやラム酒といった材料もすべてグレードアップしていった。
さらに、「親父は生地が分離しやすくなるから避けていた」というフレーバー展開も「面白そう」と挑戦。
最初に作ったのは、抹茶味。
「加減が難しく苦労しましたが、なんとかうまくできた時は、我ながら痺れましたね。自分の手で新たな分野を開発できたことが、とてもうれしかったです」
その後も、メロン、ブルーベリー、レモンチョコ、ホワイトチョコなど、すべて期間限定ながら、年間13〜14種類まで展開している。
ストロベリーにホワイトチョコをかけたホワイトデー限定クーヘンは、爆発的に人気があるという。他にも、GW限定のメロン+ホワイトチョコ、年末年始はきなこチョコと、毎月のように違った味を楽しめる。
ここまで発展しているなら、機械化してもいいのでは?そうすれば、体への負担も減り、大量生産も可能になる。
「一度、自動のオーブンを導入しているお店を見学したことがあるんですが、若い女性が涼しい顔で作っていましたよ」と鈴木さんは笑う。
芯棒がぐるぐると回転しながら、パレットに溜めた生地に潜っていく。そして奥のバーナーへと移動していく。すべてが自動で焼き上がっていく。
ただ、それでは、『樫の木』の「バウムクーヘン」のあの食感は再現できないという。
「違いは、生地を上からかけるだけなんですけどね。ただ、うちは2日かけて焼くので、生地を一度冷まして落ち着かせる時間がある。それらが歯応えに効いてくるんです」
しっとりとみずみずしい食感の秘密は、一般的なバウムクーヘンより小麦粉を控えめにし、その分、バターとラム酒をたっぷり使っていることにある。
これも、水分と油分が多いため、自動のオーブンでは、生地が崩れてしまいやすい。2日かけて丁寧に焼き上げるからこそ、自然の年輪のような美しい層になるのだ。
体は楽ではない。ラム酒が苦手な方には、酷評されることもある。それらもすべて覚悟の上。「おいしい」と言ってくれる方がいる限り、これからも『樫の木』の味を守っていくために、手焼きにこだわり続けていく。
そんなある日、吉本ばななさんからお手紙が届いた。
そこには、こう書かれていた。
「お父さん、超えたね」
学生時代にホームステイしたドイツで知り合った友人たちが来日した際、「本場より美味しい」と『樫の木』のバウムクーヘンを褒めてくれたという。
最高の褒め言葉に恥じぬように
「ディズニーでは、ハピネスを人に分け与えるという哲学を学びました。今の自分の仕事も本質は変わらないなと思うんです」
ディズニーでは、自分のパフォーマンスで人々を喜ばせてきた。いまはケーキを作ることで、食べる人が幸せな気持ちになってくれたら——それが自分のやりがいになる。
気がつけば、28歳で『樫の木』を継いでから、もう二十年以上が経った。
「不器用で繊細なお菓子は作れません。でも、バウムクーヘンだけは、暑さを我慢しさえすれば作れます。それをおいしいと言ってくださるお客様がいる。それだけで十分なんです」
予期せぬ人生の転機に導かれ、無我夢中で駆け抜けてきた。
「いわゆるパティシエと言われるケーキ職人の方たちとは、180度違う仕事かもしれません。でも、自分には向いていたと感じています。これも運命だったのかもしれません」
ショーウインドウに飾られている吉本ばななさんの直筆メッセージ。いまもふらりとお店に食べにやってくるそうだ。
沼田に戻ってから、子どもの頃から打ち込んでいた空手を再開した。
その道場で出会った女性と結婚し、2人の息子にも恵まれた。息子たちは今はそれぞれ別の夢を描いている。
「次の世代は、わからないですね」というが、それは自身も同じだった。未来は、どうなるかわからない。
ただ、世の中は長引く不景気に、昨今の材料費の高騰。お菓子屋さんも次々と姿を消している。
「厳しい業界です。うちだって、その時がきたら、諦めざるを得ません。時の流れに身を任せるしかないですよね」
鈴木さんは、そう言いつつ「ただ」と言葉をつむいだ。
「全国に『樫の木』のバウムクーヘンを楽しみにされてる方々がいらっしゃいます。その方々のためにもやっぱり作り続けたいですよね。それに、何より最高の褒め言葉をくださった、ばななさんの名を、汚すわけにいかないですから」
ショーウインドウの片隅に、そっと置かれたメッセージがある。
その直筆の言葉が、今も鈴木さんの心を支えている。
——樫の木のバームクーヘンは、世界一おいしいです。吉本ばなな