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北海道 江差町

金時豆でつくる、日本最古の糸で切る羊かん。 (1/2)

丸缶羊羹 五勝手屋本舗

聞き手 小林みちたか

写真 梅原渉

観光客であふれる函館から、西へ車で1時間半。峠を越えながら、ようやくたどり着いた小さな町・江差町(えさしちょう)は、北海道文化発祥の地といわれる。

江戸から明治時代にかけて、日本海を舞台に活躍した北前船によって繁栄し、ニシン漁の最盛期には「江差の五月は江戸にもない」とうたわれるほど、盛大で華やかなものだったという。

そんなかつて栄華を極めた江差の町に、強烈な個性を放つ和菓子がある。

一見すると小さな手筒花火?のような細長い円柱。

目を引く真っ赤なパッケージに、貨幣や鈴蘭のイラストや賑やかな装飾が施され、手に持つとなんだかありがたい気分になる。

蓋を取ると、濃いあめ色の表面にたっぷりと砂糖がまぶされている。その部分を臆せずギュッと押しつぶしたら、こんどは筒の底の部分を指で押し上げる。

すると筒の上からニュッと出てくるのは、なんと羊かん!

その羊かんを、筒についている糸でくるりと回して切っていただくのが流儀。

手を汚さずに、食べたい分だけ食べられる「糸式羊かん」の最古参といわれる『五勝手屋本舗』の「丸缶羊羹」だ。

味わいもまた個性的。しっかりとした甘さは印象的だが重くなく、あっさりしていて、しつこくない。

原料が「小豆」ではなく「金時豆」だから、あんこが嫌いで、羊かんが苦手でも「五勝手屋の羊かんだけは大好き」というファンがたくさんいるという。

人口6500人ほどの小さな町で、1日1万本以上も作られている「丸缶羊羹」。その歴史は江戸時代にまでさかのぼる。

『五勝手屋本舗』の「丸缶羊羹」。直径3センチ、長さ15センチほどの筒状のパッケージがユニークだ。長さが2/3ほどの「ミニ丸缶羊羹」も人気。

格式をまとった羊かんの歴史

江戸時代の終わり頃。北前船で運ばれてきた砂糖や寒天をつかい、地元・五花手(ごかって)地区で栽培されていた豆でお菓子をつくったのが『五勝手屋』のはじまりと言われている。

初代となる小笠原多助さんは、練り物が得意だったという記録はあるものの、創業年に頓着しなかったため、いつの間にか時代は明治に入っていく。

そこで、『五勝手屋』では、のちの看板商品となる「羊かん」をつくりはじめた明治3年(1870年)を創業年とした。

羊かんを包んでいた包装紙のデザインは、100年近くも使われている。

貨幣が並び、鳳凰が舞い、花が咲き誇る絵柄は、品評会で授与された賞状が元になっているという。

ビビットな赤色が目を引く「丸缶羊羹」のパッケージのラベル。創業当時のデザインを活かし、鳳凰はシンプルな帯に、咲き誇る花々は鈴蘭になっている。

「いつものおやつより少し上等なお菓子。格式があって、おめでたいもの。そんな印象を持たせようと3代目だった曽祖父が考案したそうです」

そう教えてくれたのは、『五勝手屋本舗』の6代目・小笠原敏文さん。

パッケージに印字された「昭和11年11月」には、昭和天皇が函館に行幸した際のお土産として献上されたというから、これほど格式高いものはないかもしれない。

屋号の由来は、もちろんお菓子作りの豆がとれた五花手地区にちなんでいる。当初は『五花手屋』と名乗っていたが、やがて地域が五勝手村へと変遷するのに合わせ、屋号も『五勝手屋』となった。

そして、お菓子作りのきかっけにもなった「豆」にこそ、「丸缶羊羹」の味の秘密がある。

『五勝手屋本舗』の6代目・代表取締役社長の小笠原敏文さん。自社のサイトで、連載「一月一話」と題して、ひと月にひとつ、おかしづくりや五勝手屋のこと、 江差町の風土記などを綴っている。

小豆にはない、金時豆の力

『五勝手屋』では、羊かん以外のお菓子はすべて小豆でつくっている。しかし、羊かんの豆は、昔から、小豆ではなく「金時豆」を使ってきた。

「特有のコクのある小豆に比べると、金時豆はあっさりしていてホクホクした味わい。主張が強すぎず、他の素材の味を活かすことができます」

そう話す6代目の小笠原さんは、ピスタチオやヘーゼルナッツを使った羊かんなど、ビックリするような新感覚の商品をいくつも開発している。

金時豆であれば、そんな素材たちとの相性も抜群で、小豆では表現しきれない繊細な風味を実現できるのだそうだ。

北海道では、金時豆を使った羊かんが多いという。お菓子屋さんとして道内で2番目に古い歴史を持つ『五勝手屋』が、その発祥の可能性は高いだろう。

けれども、どうして『五勝手屋』が、金時豆を使い始めたのかは、わかっていない。当時たくさん取れたのか。あるいは価格が安かったからなのか。

『五勝手屋』の羊かんに使われる金時豆は、いんげんまめの中でも代表的な銘柄。北海道には、甘い金時豆をいれて「お赤飯」を炊く、独特の文化がある。

ただ、6代目の小笠原さんは、きっぱりという。

「長年使っていて手慣れていることもありますが、何より金時豆の羊かんはおいしいんです。それなら、あえて小豆に変える必要もありませんよね」

その金時豆を使った味こそが、『五勝手屋』のオリジナリティを支えている。

そして、もうひとつ。

北海道の南西部の小さな町である「ここ江差の町で作っていること」が、他では真似のできないお菓子作りを可能にしていると小笠原さんは力を込める。

もともと「五花手」という地区の名前は、アイヌ語の「コカイテ」を由来とし、 波のくだける場所、波の打ちつける場所をあらわすものと言われている。

祭りの町で育つ味

『五勝手屋』が本店を構える江差町で、歌い継がれる民謡「江差追分」。全国の民謡の中でもっとも難しいとされ、北海道の小さな町の唄でありながら、民謡の王様と称されている。

そんな追分が、この町では、どこからともなく耳に届いてくるという。

「誰かの歌声が聞こえてきて、あ、今のは上手だねぇ(笑)なんて言い合ったりしますよ。歴史と文化が生活の中で生きている町なんです」と小笠原さん。

真骨頂が、380年以上の歴史を誇る北海道最古の祭り「姥神大神宮渡御祭(うばがみだいじんぐうとぎょさい)」。

江差町の観光情報サイトをのぞくと、

「祭まであと◯◯日」というカウントダウンが表示されている。それだけでも熱の入り方がわかる。

日程は、どんな年も8月の9、10、11日の3日間。豪華な13台の山車(やま)の上に乗るのは、山車人形。

「この人形を、まるでマーベルのキャラクターのように、みんなが本当に愛している。映画を見なくても、生活の中にヒーローがいるんです」と小笠原さんの語気も熱くなる。

年に1回、そのヒーローである山車人形を町民総出で開帳し、そのヒーローが乗った山車が町中を練り歩く。

「上下関係も厳しくて、こき使われます(笑)。でも、そんな共同作業が楽しいんでしょうね。こればかりは、味わってみないとわからないものですよ」

転勤で江差にやってきて、このお祭りを味わい、ハマってしまう人もいるという。

「町外で働いていても、有給をとって帰ってきます。休めないからって仕事を辞めてまで帰ってくる人もいるくらいですから」というから、ものすごい気合の入りようだ。

江差にとって、8月のお祭りは、正月のようなもの。お祭りをしなければ、あらたな1年がはじまらないのだ。

「歴史を愛でるいい町です。すごいなあと思います。そういう風土、文化が、親から子へと受け継がれているんです」

包装紙にかかれる「創業明治参年」の文字。実際はさらに長い歴史を誇るが、「最近は、それほど創業年を前面に出す必要もないのかなと感じています」と6代目の小笠原さん。

『五勝手屋』の羊かんのあんこは、「1日1釜」、早朝から煮上がった豆と寒天、砂糖を合わせて1日がかりで丹念に練りあげていく。
祭りで「町が沸騰する」と称されるほど熱い江差町。その町で作られるお菓子は、レシピや製法を超えた、決して真似のできない味わいになるのかもしれない。