山形県 山形市
創業220年の歴史を支える、満点の”十”に”一”の真心 (2/2)
チルミー 十一屋
聞き手 小林みちたか
写真 梅原渉
「チルミー」は、メーテルリンクの童話「青い鳥」の主人公「チルチルとミチル」から着想を得て、名付けられた。
童話「青い鳥」は、チルチルとミチルの兄妹が、幸せを呼ぶといわれる”青い鳥”を探す冒険のストーリー。
どこを探しても見つからなかった青い鳥が、旅の最後、チルチルとミチルが目を覚ますと、家の鳥かごにいたという話。
本当の幸せは、探し回らなくても、意外に自分の身近にある。
そんな童話のテーマから、焼き菓子の「チルミー」には、小さな幸せを毎日身近に感じられるようなお菓子であってほしい、という願いが込められている。
鮮やかな黄色に、青緑色の小鳥が描かれたパッケージは、童話の世界観を彷彿とさせる。まるで幸せの青い鳥が、手元に舞い降りたかのよう。
そんな「チルミー」の特徴の1つが、人の手によるホイル包み。
「開発当時は脱酸素剤もまだなくて、どこのお菓子屋も、いかに日持ちさせるかに苦労していました」と松倉さん。
アイルホイルで包んで密閉すれば、焼きあげた後、人の手に触れることはない。カビの発生を防ぐことができ、「チルミー」の賞味期限は、他の焼き菓子の倍以上へとのびた。
発売するやバターたっぷりで美味しい上に日持ちもするということで、すぐに人気商品になった。
もちろん美味しさがあってこそ。
バターにチーズを入れて、なめらかになるまでよく混ぜる。その後は、砂糖を入れ、ハチミツでしっとりさせる。白っぽくなってきたら、卵を少しずつ混ぜながら入れていく。混ぜるのは機械とはいえ、片時も目は離せない。
素材には惜しみなくバターやチーズ、そして刻んだ栗がふんだんに使われている。
その風味を金色のホイルで包むことで、開けた瞬間、一気に甘い香りがふわっと広がり、食欲をそそる。
「だから、ぜひ自宅のトースターで焼いてから食べてみてください。もっと美味しくなりますよ」と松倉さんはオススメする。
実際に試してみると、香りが際立ち、焼き立てのようなしっとりした食感が口いっぱいに広がる。ホイルの端についたバターのおこげがカリカリになって、これもまた美味しい。
今なら技術的にホイルで包まなくても長持ちさせることはできるだろうが、「チルミー」は開発当時の製法を守りつづけている。
それは、「当時と変わらぬ美味しさを届けたい」というこだわり。
だからだろうか。「チルミー」の味わいには、どこか懐かしさを感じる。
50年以上も変わらない贅沢ながらもシンプルな素材と製法とパッケージデザイン、そして童話「青い鳥」からヒントを得たというコンセプトが、食べる人の童心に何かを訴えかけるのかもしれない。
地元のお客様はもちろん、山形に帰ってくるたびに買ってくださる方、県外からお取り寄せしてくださる方もいるという。
「チルミー」がくれる小さな幸せは、いまや全国へと広がっている。
生地をホイルで包んだら、もう人の手に「チルミー」が触れることはない。あと鉄板20枚が並んだ巨大トンネルオーブンで焼き上げていく。
真似のできないお菓子づくりを
『十一屋』の商品ラインナップは、和菓子、洋菓子、焼き菓子と幅広い。
「小ロット多品種が売りです」と松倉さんがいうように、年間で120種類ほどのお菓子を作っている。
お店の1番人気は、山形県産の餅米「ヒメノモチ」を使ったサクサクの焼き菓子「お米パイ」。
お米をパイにする発想自体が珍しい。
山形市の蔵王松ケ丘に新工場ができた時の記念に開発された。
「お米の粒にバターが溶けて染み込むとこれが美味しいんです」と瞬く間に人気商品となった。
2番人気は、こちらも山形県産のさつまいもを使ったスイートポテトパイ。9月から翌年のGW頃までの季節限定商品だ。
夏は暑さが厳しく、冬は寒さがこたえる山形は、四季のはっきりした土地柄。この風土から生み出される農産物は、バラエティが豊かで、質が高い。
特に、シャインマスカットやりんご、さくらんぼ、ラフランスといった山形県産のフルーツは有名だ。
『十一屋』は、そんな山形の豊かな農産物を活かしたお菓子を数多く展開している。
ただ、あくまでも、
「日常使いのお菓子が基本で、常日頃召し上がっておいしいお菓子を山形のお土産にして欲しい」という。
「チルミー」は、ほとんどの工程が手作りとはいえ、スタッフさんたちの手際は、驚くほど速くて正確。1度に1300個以上も作るという。
『十一屋』のお客様は、地元の方々が圧倒的に多い。
地元のお客様に愛されることが第一。
その上で、山形で200年以上もお菓子を作ってきたお菓子屋として、県外に出ていった時にも恥ずかしくないお菓子を作りたい。
「だからこそ、どこかの真似ではないお菓子。山形の素材を活かした、山形に根差したお菓子を作りたいですね」
「200年の歴史があるといっても、200年前から残っている商品はない。だから100年続くお菓子を作るのが今の目標」と松倉さん。あと50年たてば、「チルミー」も100年をこえる。そんな日が来るかもしれない。
一つ一つに込められた“真心”
現在、『十一屋』は山形県内に6店舗を展開しているが、長い歴史の中で、当然浮き沈みはあった。
「時には向かい風を受けることもありました。それでも身の丈に合わないことはやってきていないつもりです」と松倉さんはいう。
その哲学の根底には、早逝したお父様の後を急遽受け継いだ6代目のお母様の言葉がある。
「どれだけたくさんお菓子を作っていても、お客様が食べるのは“たった一つ”。その一つをさらに一口ずつ召し上がる。だから、一つ一つ真心を込めて作らないといけないよ」
そう松倉さんは言い聞かされてきた。
200年以上前に創業した屋号の由来は、今となっては確かなことはわからない。だから、松倉さんは、こう考えることにしているという。
「満点の”十”に、真心の”一”を込めてお菓子を作る」
だから、『十一屋』。
200年を超える時を刻む老舗のお菓子の一つ一つには、確かな真心が込められている。